Category | 東方幻想譚

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東方幻想譚-プロローグ-

「うッ……!」

突然の頭痛。そして、湧き上がる既視感。なんだ、これは……?
一枚のお札が落ちている。初めて見たはずなのに、何年も前から知っていたようなそれ。

「なんだよ……この感覚……?」

第六感が警鐘を鳴らす。しかし、好奇心には打ち勝てなかった。お札に身体が近づくほど頭痛は強まり、思考は麻痺していく。
お札に手を伸ばす。そして触れると、一際強い頭痛の後、意識が遠のいていった。
落ちていくような感覚。ぐるぐると渦巻く闇に囲まれながら、俺は空間に身を任せた。
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東方幻想譚 -1.幻想郷-

目が覚めると、俺は変わらず森の中にいた。辺りを見回すと、背後に大きな斜面があったから、恐らくその上から落ちたのだろう。

「この斜面は登れないな……回り込むしかないか。」

とりあえず、俺は歩き出した。斜面の様子から、かなり歩かなければならないと予測する。早くしないと、日が暮れてしまうだろう。すでに涼しくなりつつあった。
そういえば、と手に持ったお札を観察する。もう触っても頭痛はない。しかし既視感は残っていた。

「これ、なんだろう……?」

不思議な文様の書かれたそれは、どこか不気味でもあった。捨てるのもどうかと思い、妙な既視感も気になっていたからポケットに入れておくことにした。




「どこまで歩けばいいんだ?」

小一時間は歩いたように思う。しかし、一向に斜面は途切れる様子がない。

「くそっ、これ……まるで斜面で結界を張ってるみたいじゃないか。」

終わりの見えない徒歩を諦め、俺はその場に腰を下ろした。
斜面に背中を持たせかけ、空を見上げる。日が傾きつつあるのだろうか、空はほんのりと茜色に染まっている。ひぐらしの合唱が心に沁み、心地よかった。

「俺、どうなるのかな……?」

ぼんやりと考える。

「何もいないし、ここで休んでいても大丈夫かな……?」

そんな安易な考えを巡らせていると、カサリという音がした。ふっと音の方へ目を向ける。
そこには、一人の少女がいた。黒い服に金髪、赤いリボンという変わった出で立ちである。そして、その少女は口を開いた。

「あんたは食べられる人間?」

ああ、俺は食べられるのか……。しかも、こんな小さな女の子に。……ん?食べられる?

「えっ?」

「だから、あんたは食べられるのかー?」

言っている意味が分からない。俺を食べる?こんな小さな子が?
俺は吹き出した。

「あんたが俺を食べる?ははっ、冗談キツイぜ。」

食べるなんてとんだ笑い事だ。真面目な顔でそんなことを言うのが可笑しかった。
一方、その少女はバカにされたと顔を険しくしている。頬を膨らまして怒っている様子が、可愛らしかった。
その少女がこちらへ歩み寄って来る。そして、俺の腕を掴んだ。

「痛っ……?」

俺の顔から血が引いていく。その外見からは予想のつかない力だった。こちらも抵抗するが、相手はびくともしない。少女は俺の首を掴むと、斜面に押し付けた。

「う……くっ…ぅ……。」

「ずいぶんと舐めてかかってるじゃない。」

息ができない。少女の指がどんどん首に食い込んでいく。苦しい。薄れる意識の中、俺はその少女の足がガラ空きなのに気づいた。俺は思い切り足を払う。
少女はよろけ、手を放した。

「ゴホッ、ゲホッ……。なんだ、あの力は?」

荒い息遣いのままだったが、俺は逃げ出した。後ろを振り向くと、あの少女が追いかけて来ていた。…宙に浮きながら。

「一体、こいつは何なんだよ!?」

走りながらつぶやく。その間も徐々に距離を縮められていた。

「うーん、あんまりこの手は使いたくなかったんだけどね……。ま、仕方ないか。」

赤い球状の何かが俺の横をかすめる。その何かに俺は危険を感じ、咄嗟に避けた。振り向くと、少女が続けざまにそれをこちらへ飛ばしている。避けることしかできず、なかなか逃げることができなかった。
一つの外れ玉が俺の肩に当たる。その衝撃で俺は吹っ飛ばされた。しかし、肩に痛みはない。

「どうなってるんだ?」

「さあ、どうなってるんだろうね?」

気づくとあの少女が前に立っていた。口からは鋭い犬歯をのぞかせている。

「やめろ……やめてくれ!」

むちゃくちゃに腕を振り回すと、俺の手から緑色の玉が飛び出した。

「……え?」

何が起きたのか分からなかった。少女も戸惑っていたが、やがて口を開いた。

「へえ~あんたも打てるのかー。なら、『弾幕ごっこ』でケリをつけるよ?」

『弾幕ごっこ』……?なんだそれ……?

「スペルカードは2枚まで。行くよっ!」

再びその少女は赤い玉を飛ばし始めた。俺はひたすらそれを避ける。だんだんコツがつかめて来た。

「ふーん、こんな弾幕じゃあどうってことないんだ。」

少女はそう言って、お札のようなものを取り出した。

「でもこれはどうかな?夜符『ナイトバード』!」

青色と緑色の玉が交互にこちらへ向かって来る。その隙間で避けていると、ふと俺は思った。

(さっき咄嗟に打った緑色の玉で、俺も攻撃できるんじゃないか……?)

やり方がよく分からなかったが、さっきのようにして腕を振ってみると、また緑色の玉が飛び出した。それを少女に向ける。

「これを、受けてみろ!」

しかし、やすやすと避けられる。俺は夢中になって打ち続けた。少女はフワフワと浮きながら俺の放った玉を避けると、またお札を取り出した。

「面倒だから、さっさと決着つけちゃうよ?闇符『ディマーケイション』!」

米粒型をした色とりどりの弾が向かって来る。もう、こんなのは簡単に避けられる。

「ふん、へっちゃらだぜ。」

そう言って腕を振り上げたとき、突然無数の青い玉が飛んで来た。それを避けることに集中し過ぎて米粒弾が思い切り当たり、地面に叩きつけられた。

「私の勝ち~!」

口だけの笑いでこちらへ飛んで来る。少女が大きく口を開け、俺が覚悟を決めて目を瞑ったそのとき、

「霊符『夢想封印』!」

大きな光の玉が飛んで来て、少女を光で包んだ。それが消えると、そこにはその少女が倒れていた。

「言ったでしょ。追い打ちは禁止だって。」

声のする方を見ると、そこには巫女がいた。巫女にしてはずいぶん派手な格好だったが。

「助けてくれて、ありがとう。」

とりあえずお礼を言う。もう少しで食べられるところだった。

「あら、別にあなたを助けたつもりはないわ。ただルーミアがルール違反をしたから注意しただけ。」

おそらくルーミアというのはあの少女のことだろう。それにしても、これが『注意しただけ』なのだろうか。

「で、あなたは誰?見ない顔だけど。」

「ああ、俺は神谷玲斗。」

味方かも分からないのに、つい名前を言ってしまった。しかしこの巫女はどこか信頼できそうな雰囲気があった。

「私は博麗霊夢。博麗神社の巫女よ。ところで、あなたどうやってここに来たの?」

俺は霊夢にこれまでの経緯を伝えた。

「どうりで見ない顔だわ。『外』から来たんだからね……。たぶんあいつのせいね。」

『外』?どういうことだろう。ここは何かの内側だと言うのか?しかし一体何の内側……?

「『外』とかなんとかよく分からないんだが、とりあえずここはどこだ?」

「ああ、そうね、ここがどこか分からないわよね。」

そして、霊夢は一呼吸入れてから言った。

「ここは幻想郷よ。」

東方幻想譚 -2.博麗神社-

「は?」

「だから、ここはあなたのいた世界とは違う、幻想郷なのよ。」

違う世界?幻想郷?
聞き慣れない言葉で俺の頭は混乱していた。そもそも俺は斜面から落ちただけだ。今時の異世界ってヤツはそれだけで行けるのか?

「俺は斜面から落ちただけだぞ。なんでこんなところに……?」

「ああ、あなたは向こうの世界では『斜面から落ちた』ことになっているわ。でも、実際そんなことじゃここへは来れない。結界が張られているからね。つまり、あなたはここへ連れて来られたってわけ。」

「……結界を破って来た、とは考えられないのか?」

「それはないわ。結界の穴は見つからないもの。そもそもこの結界は外の者も内の者も破ることが出来ないの。常識の境界があるからね。」

常識の境界……?疑問が浮かんだが、抑える。俺には関係ない。元の世界に帰ってしまえばそれでいい。

「元の世界に帰れるんだよな?」

「もちろんよ。あなたを連れて来たあいつなら元の世界へ帰せる。……もっとも、連れて来たのにはなんらかの訳があるはずだから、なかなか帰してくれないかもしれないけどね。」

そう簡単には帰れないようだった。しかし、得体の知れないこの世界に長居したくはない。

「それじゃあ、そいつのところへ連れて行ってくれるか?」

「いいけど、今日はもう遅いわ。神社に泊まって、明日行きましょ。」

「ああ、ありがとう。」

二人きりというのが引っかかったが、野宿などしたら次の日が来なかった、なんてこともありかねないから従うことにする。
森の中を少し歩くと、小さな神社が見えて来た。

「ここが博麗神社よ。あ、お賽銭箱はそこね。」

霊夢の指差す先にはボロボロな賽銭箱があった。いかにも何も入っていなさそうだった。

「さあ、上がって上がって。」

霊夢はどこか楽しそうだ。俺が霊夢の言う『外』の人間だからだろうか。

「お邪魔します。」

外見によらず、神社の中は小綺麗で片付いていた。霊夢のマメな性格がうかがえる。
霊夢に案内された縁側の見晴らしはとても良く、小さな町のようなものが見えた。アリみたいに小さく見える人間がちょこまかと動いている。元の世界となんら変わらない光景だった。強いて言えば、生活が一世代前のものであることくらいか。

「はい、お茶。」

「あ、ありがとう。」

霊夢と並んで座り、ズズッとお茶をすする。何かしゃべろうと思ったが、まだ混乱していて上手く言葉が出なかった。
ふと俺は拾ったお札のことを思い出した。巫女の霊夢なら分かるかもしれない。

「これ、なんだか分かるかい?」

俺は霊夢におずおずとそのお札を差し出す。霊夢は受け取り、しげしげとそれを眺めた。

「さっきルーミアが使ったのを見たわよね?これはスペルカードよ。でも、普通の人間には触るどころか視界に捉えることも出来ないはず……。やはりあなたは特別なのよ。」

一体俺のどこが特別だと言うのだろう。元の世界ではさして頭がいいわけでもなく、運動も普通だった。霊感があるわけでもない。

「まあ、あいつに会ってみれば分かると思うわ。」

「なあ、さっきから言ってる『あいつ』って誰だ?」

俺を幻想郷に連れて来た元凶らしき人物について尋ねる。

「八雲紫。通称スキマ妖怪。ものの境界を操る、なんて胡散臭い能力の持ち主よ。性格もまた然り。
だけどその力は認めるわ。この幻想郷に結界を張ったのも彼女だし、屈指の妖力も持っている。」

ヨーカイ。よーかい。ようかい。……妖……怪……?

「今、妖怪って言ったよな。」

「言ったわよ。」

「……妖怪、なんだ。」

「そうよ?ルーミアだってそう。でもあなたが考えているような危険な妖怪じゃあないわ。」

『危険じゃない』妖怪に食われかけた俺は、霊夢の言葉をそのまま信じることが出来なかった。下手にその紫とか言うヤツのところへ行って何かされたらたまらない。でも元の世界には戻りたいし……。
……いや、果たして俺は帰りたいのだろうか。異世界である幻想郷に来たということに混乱して冷静な考え方ができていなかったが、よく考えれば元の世界で平凡な毎日を繰り返すより、妖怪とか得体のしれないモノがいるここの方が面白いような気がする。思い返せばさっき必死に避けたルーミアの弾幕だって、危険と隣り合わせな状況ながらも楽しかった。

「ま、明日会ってみれば分かるわよ。」

「うん……そうだな。」

「あと、これは返すわ。」

霊夢がスペルカードを俺に差し出して来る。それを受け取り、俺は言った。

「使い方が分からないな。」

「ああ、それはね……」

霊夢はスペルカードの使い方を話し始めた。




「よし、出来た!」

霊夢の言った通りにスペルカードに力を吹き込んだ。……といっても見た目に変化はないのだが。

「なんていうカード名にしたの?」

「使ってからのお楽しみ♪」

「ああ、そう。」

もう少し追及されるかと思って期待していたため、なんだか拍子抜けしてしまった。

「夕飯を作ってくるわね。」

その後、俺は霊夢の作ってくれた夕飯を食べ、タオルケットを借りて畳に横になった。頭の中では今日の出来事が渦巻いていたが、食欲が満たされたことによっていざなわれた眠気に負け、俺は深い眠りに就いた。

東方幻想譚 -3.紫の家へ-

チッチッ、という小鳥の鳴き声で俺は目を覚ました。ずいぶんと目覚めがいい。
霊夢の布団はすでにたたんであり、その上にはメモ書きがあった。

玲斗へ
里へ買い物に行って来ます。朝食は居 間のテーブルに用意してあるので、それを食べて下さい。誰かお客さんが来たら、お茶でも出して神社で待っていてもらうように。
お留守番よろしく。
霊夢

「里か……。」

昨日縁側から見えたあの町のことだろうか。もう少し早く起きていればついていけたかもしれない。興味があったので、少し残念だ。
とりあえず、朝食を取ることにした。ご飯に味噌汁、魚とお新香という典型的な和食である。
頂きまぁす、と箸を取ったそのとき、

「霊夢ー!いるかー?いるよなー?」

誰かが神社の前で騒いでいる。

「客が来たらお茶でも出してーーだもんな。」

玄関へ向かうと、そこには一人の魔女ーーいや、魔法少女がいた。白と黒のエプロンみたいな服に箒を手に持ち、いかにも魔女です、というようなとんがり帽子をかぶっている。その先は律儀にもちょこんと折れ曲がっていた。

「おお、やっぱりいたか……!?え?えええっ!?」

その少女は金色に輝く瞳を大きく開いて戸惑っている。そう驚くことでもないと思うが。

「れ、霊夢にお、男がいたのか……!?」

「いや別にそういうわけじゃ……。」

「こりゃあ大ニュースだ!ブン屋に話してこなきゃな。きっと大騒ぎになるぞ。」

少女は箒にまたがると、砂煙を残してものすごい速さで飛んでいった。

「うーん、なんか変な誤解をされたなぁ。」

幻想郷において、家に男性がいることは珍しいことのようだ。確かに、まだここでは男を見たことがない。

「それにしても、妖怪だったり魔法少女だったり、忙しいところだ。そのうち妖精だの吸血鬼だのが現れてもおかしくないな。」

つぶやきながら食卓へ戻る。箸を取り、少し冷えかけた朝食を口にした。幻想郷のご飯は、元の世界と変わらぬ味である。これは二つの世界につながりがあることの証明なのだろうか……。
朝食を食べ終わる。何するでもなく縁側へ向かい、腰掛ける。妙に落ち着くこの場所が、ちょっとしたお気に入りだった。
心地よく差す夏の朝の日を浴びながら、俺は一人考える。幻想郷ーーそれは本当に存在するものなのだろうか。ただ彼女らが面白がってからかっているに過ぎないのではないか。
しかし、その幻想は霊夢の笑顔によって打ち消される。人がーー仮にも彼女が人間であるならーーあの表情で騙すなんて出来っこない。見知らぬ俺をルーミアから助け、食事や睡眠場所も与えてくれた彼女は、その心の奥底で何を思って俺を助けるのだろう?

「ただいまー。」

霊夢が帰って来たようだ。

「なあ、なぜあんたは俺を助けるんだ?なにも利益などないだろう?」

思ったことが口から零れ出る。素直にお礼が言えない代わりの言葉だった。

「さあ、なんででしょうね。自分でも分からないわ。でもなんだか助けなきゃいけないような気がしたのよ。」

「紫のところへ行けば分かるかな?」

「そうかもね。」

霊夢は両手に持ったカゴを置いて言った。

「お望みなら今すぐにでも行けるけど?」

「じゃあよろしく頼む。」

神社から出ると、強い夏の陽光が照りつけた。さっきまでは気持ち良かったというのに。

「じゃ、ついて来て。」

おもむろに霊夢はフワリと浮き、上空へ上がって行った。俺はその様子をただ見上げることしか出来ない。

「おーい、早くおいでよ!」

「……俺は飛べないんだが。」

ため息混じりに言う。まったくこの幻想郷という場所は、手からわけの分からない物体を飛ばしたり、空を自由に飛んだりと、ことごとく物理法則を無視している。

「あ、そうだったわね。仕方ないわ、歩いて行くわよ。」

「自転車とか車とかないのか?」

「?なにそれ?」

自転車を知らない……まあ、自由に空を飛ぶ彼女らに自転車など必要ないだろうから、当然とも言える。ここでは常識などほとんど通用しないのだ。

「いや……なんでもない。」

森の中を霊夢についていく。聞こえるのは蝉の声ばかりで、人気がなかった。

「そういえば、あなた弾幕を張れるのよね。」

「あの玉のことか?」

「そう。幻想郷では、大抵の諍いは『弾幕ごっこ』で解決するの。ごっこ、って言っても怪我もするし、最悪死ぬかもしれないわ。
だから、死なないために最低限の知識をあなたにはつけてもらう。」

「って、俺は別に幻想郷に永住するなんて言ってないぞ。」

「言ったでしょ?あなたは連れて来られたんだから、そう簡単には帰れるとは限らないわ。」

「……。」

なにも言い返すことはなかった。

「さて、まずはあなたの実力を見させてもらうわね。」

「え……いや、俺、ルーミアと闘ったのが初めてだったから、どうしたらいいかなんて分からないぞ?」

「いいのいいの、適当にやってくれればいいから。」

怪我もするし、死ぬかもしれないなんて言ったくせに、適当にやれとはなんだ。

「あ、ちょうどいいのがいた!」

霊夢の指差す先には、一匹の妖精がいた。空色の大きなリボンをつけている。

「チルノよ。バカだからあなたでも勝てると思うわ。」

「いや、でも……。」

「チルノー!バーカバーカ!」

チルノがくるりと振り返ってこちらへ飛んでくる。

「じゃ、頑張れ~。」

霊夢はフワリと上空へ上がって行った。仕方ない、もうやるしかない。

「バカなんて言ったのは誰?ん、あんたね?」

チルノが俺を睨む。明らかに声で霊夢と分かるだろう……本当にバカのようだ。

「あんたなんか凍らせて、木っ端微塵にしてやる!」

まったく、なんでこんな羽目に……。

東方幻想譚 -4.青く、広く、そして冷たく-

「スペルカードは2枚までっ!行くよ!」

チルノが米粒弾を飛ばしてくる。左右に広がりのあるそれをカタマリごと避け、俺も緑の玉を打ち込んだ。チルノはひらりとかわし、言った。

「ニンゲン相手に『弾幕ごっこ』を久しぶりだよ。めっためたにしてやるー!」

青い玉をばら撒き、間から俺を狙って米粒弾を打ってくる。

(……うまい。正確に狙う弾に気をとらせて、ランダムに飛ばした玉に被弾させるつもりか。)

チルノがそこまで考えているとは思えないが、とりあえず避ける。

「へぇ~意外とやるわね。そろそろ本気出すよ!凍符『パーフェクトフリーズ』!」

カラフルな玉がバラバラと降って来るのを小さく避ける。帰宅部だった俺にはいささかハードな運動だったため、既に疲れていた。できるだけ体力を残しておきたい。
いくらか避けると、突然玉が凍りつき、ピタリと止まった。

「なんだ?」

つい洩らしたその言葉にチルノはニヤリと笑い、大量の速い玉を飛ばして来た。サッと横へ走る。
チルノはそれを見てさらにニヤニヤを深め、凍らせた玉を解き放った。すっかりそれの存在を忘れていた俺は、迫ってくる玉を視界に認め息をのむ。
次第に大きくなってくる玉。ルーミアの玉は痛くなかったが、チルノの冷気によって限界まで冷やされたものが当たればひとたまりもないだろう。
右に避ければさっき飛ばして来た玉の残りに当たる。左には他の冷やされた玉。さて、どうしたものか……。

『下』

頭の中で声がした。考える間もなく、その声に従って地面に伏せる。
頭の上を玉が通り過ぎ、髪の毛を数本凍らせた。立ち上がり、弾幕の薄いところへ素早く移動してホッと息を吐く。

「チッ。」

チルノが悔しそうな顔をしてみせる。

「へん、あんたなんかぶっ潰してやる!雪符『ダイヤモンドブリザード』!」

米粒弾が雨の如く降りそそぐ。避けられそうにない、そう思ったとき、

『右』

またしてもあの声が聞こえた。従うしかない。

『右』『左』『右』『左』『左』『右』

声の通りに動くと、綺麗に弾幕の雨を避けることができる。

『右』『右』『左』……『打て』

チルノを目掛けて玉を発射する。青の中に映える緑色の玉が弾幕の隙間を的確に捉えてまっすぐに飛んで行くと、チルノの体にぶつかった。
目を見開いたチルノが宙を舞い、氷の欠片を散らす。光を受けたそれらがキラキラと輝く様子は幻想的だった。

「勝った……。」

ガクリ、とひざをつく。勝利の喜びよりも疲れのほうが大きかった。何が実力を試すだ。バカだから勝てる?そんなレベルの相手でもなかったぞ?あの声がなかったら、今頃炎天下の中冷凍保存にされるところだった……。
『あの声』。無機質な、感情のこもらない声。一体なんだったのだろうか。

ドサリ

何かの落ちる音にハッとする。前を見遣ると、チルノが地面に倒れていた。あの高さから落っこちたのだから……あるいは……。

「大丈夫か!?」

チルノの元へ駆けつける。顔を覗き込むと、パチッと目を開いた。吸い込まれるような夏の青空を思わせる青い瞳だった。
チルノは俺の顔を間近に認めると、カァァッと頬を紅く染めた。

「べ、別に悔しくなんてないもんね!て、手加減してやったのよ。そうじゃなきゃ今頃英吉利牛と一緒に氷付けだったわ。感謝しなさいね!」

チルノはタッタッタッ……と駆けていった。羽が傷ついているのだろう、飛んでいくことはなかった。それとも、自分が飛べることを忘れているのだろうか。

「意外に強いのね。」

知らぬうちに霊夢が立っていた。

「ただ、なんであなたは危険を冒してまでダイヤモンドブリザードを避けたのかしら。スペルカードを使ってしまえばよかったのに。」

「……。」

すっかり忘れていたので、何も言い返せない。

「あなたもチルノと同じバカね。ひとつのことに没頭して他のことがわからなくなる。ふふっ。」

俺はむっとして歩き出した。

「さっさと行くぞ。」

盛大な蝉の声が夏を感じさせる。まだ6月だというのに、どうしてこんなにも暑いのだろう。
そんな問いかけも飲み込んでしまうような、広く青い空がどこまでも続いていた。

東方幻想譚 -5.鴉天狗-

「……じゃあ、やってみて。」

「ああ。」

鋭い刃を頭に思い浮かべる。空気さえも切り裂いてしまうような刃。
手で触れそうなほどリアルになったその幻想を、森の中へ放つように思い描くと俺の手からナイフのようなものが飛び出した。

「ふむ……素質はあるようね。」

チルノを倒した後、俺は霊夢に弾幕についていろいろと教わった。弾は頭に浮かべたものを具現化したものであること、スペルカードはその集合体を頭から簡易的に呼び出すものであること、体力を使うためよく考えて使わないといけないことなど、随分と複雑なもののようだ。

「チルノはバリバリ弾幕を張っていたが……。」

「チルノは妖精。人間をはるかに超える妖力を持っているわ。」

「妖力?」

「まあ、弾の材料みたいなものね。これがないと弾幕展開は難しいわ。普通の人間はこれをほとんど持っていないから弾幕ごっこができないのよ。」

「じゃあ俺はその妖力ってやつを持っていると。」

「少しだけね。ちょっとでも妖力があれば後は体力を使ってどうにかなるわ。普通は疲れるから妖力を使うけどね。」

妖力があれば強くなれるのか……。

「今、もっと妖力があれば強くなれるのに、とか思ったでしょ。」

「う……なぜそれを……。」

「顔に出てるわよ。妖力は使っているうちに少しずつだけど増えるわ。ただ、妖力が身体のエネルギーの半分を超えると妖怪になっちゃうから、できるだけ体力を使った方がいいわね。」

体力には自信がない。まあ、こんな混沌とした世界にいれば自然と体力も増えそうだ。



しばらく歩くと、前から誰かが歩いてきた。

「おお、霊夢じゃないか……!!まさかその後ろにいるのは……。」

目の前に現れたのは朝の魔法少女だった。まずい、こうして霊夢と歩いていたらまた変な関係だと思われるかもしれない。

「い、いや、別に俺たちはそ、そんな関係ではないのであって……」

「じゃあ、なんで神社の中にいたんだよ?」

「ぅ……ぁ……そ、そんな深い意味はなくて……」

「……拾ったのよ。森で。」

霊夢が口を挟む。少女の変な方向への流れを断ち切ってくれたのはうれしいが、

「崖から落ちてひぃひぃ泣いてるところをたまたま見つけてね。使えそうだから神社へ連れてったの。ペットみたいなもんよ。」

妙な脚色をつけて話されるのは困る。しかもペットってなんだよペットって。

「へぇ、ペットか。」

しかも納得するな。

「で、魔理沙はなにをしてるの?こんなところで。」

「ん、ああ丁度そいつのことをブン屋に話しに行こうと思ってな。でももう大したことじゃなくなっちまったからなぁ。」

魔法少女――もとい魔理沙はとんでもないことを報告しに行こうとしていたみたいだ。危ない危ない。
そんな下らない話をしていると、突然空から何かが飛んできて、三人の間に着地した。

「ネタの匂いがしたものでやってまいりました。」

高い下駄、背中から生えた翼。まるで天狗のよう……。

「あいかわらず速いな、飛ぶの。」

「ええ、鴉天狗ですから。」

やっぱり、天狗なのか。妖怪、妖精、天狗。次は一体なんだ?

「この方は?見ない顔ですねぇ。」

パシャッパシャッとフラッシュを浴びせられる。許可もなく人の顔を撮るなんて失礼なやつだ。

「ああ、ちょっとした拾い物よ。名前は……」

「神谷玲斗だ。」

霊夢が言うのを遮る。いつまでもこいつらのペースに捕らわれていては紫の家に辿り着かない。

「行くぞ、霊夢。」

「あ~待って下さ~い。まだ取材が~。」

「そんなもん知らん!早くするぞ、霊夢!」

「無理よ。そいつから逃げられるわけないじゃない。」

無理と言われれば余計試したくなる。俺は森の中へ駆け出した。逃げ足だけは速い。

「逃げ切ってやる。」




10分ほど走っただろうか。後ろを振り向くが、誰も来る様子はない。

「はぁ、はぁ、ふぅ……ほら、逃げられたじゃないか。」

「誰からですか?」

聞いたことのある声が後ろからする。

「まあ、いいです。取材を始めますよ?」

振り向くとそこにはさっきの天狗がいた。まさか、この短時間で追いついたというのか?

「お、おまえ……。」

「ん、追いかけるのは得意なんですよ。新聞記者ですから。マスコミですから。」

そう言ってニコリと笑う。恐ろしいやつだ。

「私は射命丸文。鴉天狗で、今言ったように新聞記者です。」

「さっきも言ったが、俺は神谷玲斗だ。」

文から逃げるのは無理だと悟り、取材を受けることにする。……そもそもなぜ俺は取材を受けることを拒んでいたのだろう。

「では、いくつか質問をさせていただきます。まず年齢は……。」

「16歳だ。」

「能力は?」

「は?」

「能力ですよ能力。霊夢さんで言うところの『空を飛ぶ程度の能力』、魔理沙さんで言うところの『魔法を使う程度の能力』です。」

「わからない。」

「そうですか……では次に……」

能力ってなんだろう。こうして取材の最初に聞くのだから、みんなが何かしら能力を持っているのだろう。
俺の能力、か……。テレポート、タイムトリップ、不老不死、予知。小さい頃やったゲームや読んだ本に出てきた様なものばかりが頭に浮かぶ。そんな自分に少し呆れた。実際の社会で必要なのはそんな奇異なものじゃない。
でも。それでも心のどこかでそんな能力に憧れている。常識の通用しない幻想郷にいるからこそ。

「……これで取材は終わりです。ご協力ありがとうございました。」

「あぁ……。」

考えごとをしていたため、どんな質問をされて何と答えたのかよく覚えていない。変なことを答えていなければいいが。

「そう言えばどこかへ行く途中みたいでしたよね?」

「しまった、紫の家へ行くつもりだったんだ!」

すっかり忘れていた。

「紫さんですか。もしよかったらお送りしましょうか?」

「いいのか?」

「取材のお礼ですよ。すぐ着きますからね。」

そう言って文は俺の襟首を掴むと、大空へ舞い上がった。

「一気に加速しますよ!」

周りの風景が徐々に加速していくとともに、吹いてくる風が刃の様な鋭さを備えていく。あまりの速さに気持ちが悪くなってきた。



文にしてみれば数分、俺には1時間にも感じられた悪魔の飛行が終わる。

「さあ、到着です……って大丈夫ですか!?」

「ぅう…ぁ…」

「しゃべれるなら大丈夫ですね。では私はここで。」

文が元気よく飛び去っていく。
俺はうめき声を上げながら、ただただ紫の家の前で倒れているのだった。

東方幻想譚 -6.八雲紫-

「……ですかぁ?」

誰かの声がする。まるで猫のような柔らかく、甘い声。

「大丈夫ですかぁ?」

その声に誘われて目を開く。視線の先には猫耳の少女。この世界にもそんな属性を好む人がいるのか。
ついじーっと見つめてしまう。

「だ、大丈夫みたいですね。」

その猫耳少女はふいと赤く染めた顔をそらし、家の方へ駆けて行った。尻尾を揺らしながら。

「ああ、確か俺は紫の家に……。」

おぼろげな記憶を手繰り寄せる。思考が繋がり、あの鴉天狗ーー射命丸文へと至る。

「あいつ今度会ったら……」

そんなことを考えていると、

「らんしゃまこっちです。」

さっきの少女の声がした。舌の上手く回っていない言い方が可愛らしい。

「君は何か用があるのか?」

今度は別の人ーーいや、狐が話しかけて来た。
背の高い女狐。九本もの尾を備えている。

「八雲紫に会いに来たのだが。」

「紫様に?何の用で?」

何の用、と聞かれても答えられない。自分でも何が起きているのかあやふやだった。

「とにかく会う必要があるんだ。」

らん、と呼ばれた狐は顔をしかめた。

「理由もなく会う必要がある、なんて信用できるはずがないだろう?」

「八雲紫は俺を知っているはずだ。」

嘘はついていない。彼女が俺を連れて来たのだから。

「それは本当か?」

「ああ。」

「……紫様はまだ寝ていらっしゃる。後でまた来るといい。」

寝てる?もう午後だぞ?
その疑問に答えるかのように狐は言った。

「紫様は普段はエネルギーを使わないように良く寝るのだ。」

納得が行かなかったが、立ち去ることにする。

「じゃあ、また後で来る。」



とりあえず背後の森に入るが、行く当てがなかった。
近くの木に背中をもたせかけて空を見上げる。ルーミアに会ったときと同じだ。
しばらくそうしていると、突然周りの風景が持ち上がった。……いや、俺が落ちている?

「うわっ。」

得体の知れない奇妙な空間を身体が落下していく。周囲には目、目、目。心を見透かすような不気味な目。
しかし、それほどの恐怖は感じない。なぜなら、

「あの時と同じ……。」

これが八雲紫の仕業だと分かっていたからだ。



何か柔らかいものの上に着地する。

「布団……?」

「重いわね。降りてくれないかしら?」

その声に振り向く。そこには一人の女性がいた。
さらさらと流れる金色の髪。変わった模様のドレスのようなものを着込み、頭には不思議な形の帽子。
妖しい微笑をたたえた表情はその容姿に似合わず、すべてを知っているような感情のこもらない瞳が静かに光っていた。

「降りてくれないかしら?」

「……あんたが八雲紫だな?」

「あら、私は博麗霊夢よ。神社の巫女。」

「俺を元の世界に帰してくれ。」

「人の話は聞かなきゃダメよ。大事なことを聞き逃してしまう。それが命取りになるとは知らずに。」

俺がまばたきをする一瞬間で視界から紫が消えた。

「あなたを元の世界には帰せない。目的があるから。」

逆さになった紫が目の前に現れる。

「あなたの言った通り、私は八雲紫。幻想郷の管理人ってとこね。」

紫は顔を引っ込めると、スキマをがさごそと漁り始めた。やがて、あんぱんを取り出すと齧りながら言った。

「この通りスキマを操ることができるわ。『境界を操る程度の能力』、ね。まったく便利な能力だわ。」

またごそごそやると、紅茶を取り出した。

「で、幻想郷はどうかしら?結構いいところだと思うけど。」

「俺を元の世界に……」

「ごちゃごちゃさっきから五月蝿いわね。人の問いには答えないで自分のして欲しいことを繰り返し言う?小さい子供じゃあるまいし。せっかく話しやすくしてあげようとしてるのにあなたはなぜそれを汲み取れないの?」

さっきまでの人を小馬鹿にするようなものとは打って変わり、冷たい口調に変わっていた。刺すような眼差しが痛い。

「…あなたを連れて来た理由。それはあなた自身に見つけてもらう。」

見つけるまでは帰れないってことか。

「ヒントをあげるわ。あなたは何かを補いに来た。」

「一体誰の'何か'を補うって言うんだ?」

「それも自分で見つけなさい。あと、あなた自分の能力が何か分かってる?」

能力……?俺にもあるっていうのか?

「いや、分からない。」

「……そのうち分かるわ。」

そうとだけ言って紫はスキマから降り、俺にその中に入るよう促した。

「あなたには森近霖之介の家に住んでもらう。さあ、この中に入って。」

俺はスキマに片足を踏み込んだ。気持ち悪い感覚。

(俺は、なにしてんだ……?)

見ず知らずのやつにわけの分からない世界に連れて来られて。で、そいつのところに行って元の世界に帰してくれと言えば威圧的に押さえ込まれ。目的も、能力も曖昧にぼやかして見ず知らずのやつのところで住めと言う。
そんな理不尽なものに俺は従おうとしてるわけだ。
なんて、馬鹿馬鹿しい……。

「早くしてくれないかしら?」

紫のその言葉に、俺の中で何かが弾けた。

「……さっきから聞いていれば、あんたは自分勝手すぎるだろ……。」

何か言おうとする紫を遮って俺は続けた。

「人の話を聞かない?心遣いを汲み取れない?あんたは何様のつもりなんだよ。そもそもあんただって俺が何か言えば曖昧に、適当にごまかして。低俗な人間で遊んで楽しいか?万能の妖怪さんさぁ?」

紫はそんな俺を見てニヤニヤしている。

「うんとかすんとか言ったらどうだよ!ことごとく馬鹿にしやがっ……て……うっ……!」

割れるような頭痛。波のように押し寄せてくる痛み。
しかしその波はすぐに収まり、代わりに何かを残していった。
それが脳の中で音もなく再生される。



暗い路地。一人の少年が立っている。
右手には銀色に光る何か。
周りには塊がたくさん転がっている。
その塊から伸びてくる何かを、少年は無情にも足蹴にした。
そしてそれは息絶える。

月が路地を照らす。
右手のそれは月明かりを鋭敏に反射し、紅い血をもうつくしく魅せる。
すっかり明るくなった路地に転がる塊の正体は、人間の死体。
それらは辛うじて人間と分かる程に変形していた。
気まぐれな月は、顔を隠してしまった。

今となっては少年の表情は窺い知れない。
しかし、
なぜだか、
少年は哄笑しているような気がした。
音もない世界だというのに。



再生が終わる。聞こえたはずのない少年の哄笑が頭の中で鳴り響いていた。

「私はあなたを連れてくるとき、記憶をちょっとばかり弄ったの。余計なことを思い出さないようにね。
分かるかしら?私に抗うことが何を意味するか。」

真っ白になった俺の頭では何も理解できない。紫の声は耳に入り、留まらずにそのまま抜けていった。

「おとなしく、従いなさいッ……。」

俺はスキマに落とされた。感覚など、もはやない。

東方幻想譚TIPS -記憶ノ欠片-

少年は夜の街を歩いていた。毎日の日課である。
その日は曇り気味で、月は雲で隠れていた。
雨が降るわけでもなく、晴れるのでもないそんな天気が、少年は嫌いだ。

人気のない街。その静寂を求めて少年は歩く。
そして気づいていた。
「やつら」が後ろからつけていることに。

「やつら」は夜の静寂を壊す。少年くらいの歳をターゲットに、金を絞り取っていく。
ふっと少年は路地へ入っていった。おそらく「やつら」はしめたとばかりについてくるだろう。
「やつら」が静寂を壊すならーー
少年が「やつら」を壊してしまえばいい。

やはり「やつら」はついてきた。
少年は彼らを哀れむ。自分を狙えばもう、こんなことはできなくなってしまうから。
そして、後ろから襲いかかってきた。

少年に奇襲をかけるなんて、無駄極まりない。
彼には全てが見えている。

相手は三人。武器はバット、鉄棒、スタンガン。少年一人襲うのに随分な装備だ。腕に自信がないのだろう。
もちろん少年だって特別力があるわけではない。しかし少年にはそれが要らない。
彼には全てが見えている。

一人がバットを振り下ろす。が、
バットは初速よりも遅くなっていく。
やがて、その動きは完全に止まった。
ここからは、少年だけの世界だ。

世界の動きが遅くなっていくのに反し、彼の思考は速く速く、そして鋭敏になっていく。彼から感情が削ぎ落とされ、代わりに何かが残される。

音もなく、目の前の止まった風景が再生される。
バットは少年の肩口に当たり、嫌な方向へねじ曲がる。
倒れた少年を、「やつら」は嘲笑いながら蹴り飛ばし、彼の懐を探る。
何もないと分かると、悔しそうな顔をして少年の顔を踏みつけ、路地から去って行った。

失敗だ。

おもむろに映像が巻き戻され、「やつら」の一人がバットを振り下ろすところで停止。
しばらくすると、また音もなく再生が始まる。

再生、巻き戻し、停止。そのループが何十回、何百回と飽きるほど繰り返され、やがてその中から少年は一つを選択した。
ーー最も適切で、彼が満足する未来を。

最後の巻き戻しが終わると、世界に音が戻った。
振り下ろしたバットの先に少年の姿はない。
感情を捨てた彼に慈悲など欠片もなく、どこからか取り出したナイフで男の腿を掻き切った。
鮮血が噴き出し、男をみるみるうちに染める。薔薇よりもうつくしく、鮮やかな色に。

瞬時に大怪我を負った人間は大量のアドレナリンが分泌される。それが全身に行き渡り、怒りに変わるまで、十数秒。

その間に、恐怖で凍りついた二人の方へ走る。
それに気付いた二人は、怯え顔で構え、鉄棒を振り下ろし、スタンガンをスパークさせる。

鉄棒は恐らく少年の頭を狙うだろう。スタンガンはきっと低出力。彼らがそこまで考えて武器を買うはずがない。
一瞬の判断で鉄棒を持った男を避ける。そのとき、もう一人が少年の背中にスタンガンを押し付け、トリガーを押し込んだ。

恐らく背後の男は勝ち誇ったような顔をしているだろう。
しかし、

「……残念だったな。」

少年はつぶやく。
そして恐らく、いや今度は確実に、
その男は驚きの表情を浮かべているだろう。

革のジャケットを着た少年に、男のスタンガンなど通用しない。「やつら」は武器というものの使い方が分かっていないのだ。

少年は乱暴に男からスタンガンを奪い取ると、またしても鉄棒を振り上げる男に体当たりを食らわせ、倒れた男の意外なほど白くて華奢な首に押し付けた。
ぶるん、と身体を大きく震わせると、男は静かになった。

少年の映像の記憶が正しければ、そろそろアドレナリンを身体中に巡らせたさっきの男がバットを叩きつけてくるはずだった。

ひょい、と左に身体をずらすと、彼の右をバットが通り過ぎていった。
振り向くと、瞳孔の開きかけた男が視界に入る。

振り回すバットを避けると、少年は男の手を切りつける。
勢いづいたバットが路地の暗がりへと飛んでいき、音を立てて転がった。
男がそれに気を取られているうちに、少年は懐から取り出した粉末を男の口へ押し込んだ。

はじめ咳き込んでいた男は、やがて胸を押さえて悶え始め、倒れて動かなくなった。

彼が押し込んだ粉末は、決して危険なものではない。それ単体ならば。
コーヒーの粉末。それの含んだカフェインはアドレナリンの効果を増強させるため、男の心臓に大きな負荷がかかっていた。

彼は死んではいないはず。コーヒー程度のカフェインとアドレナリン量では死に至ることは少ない。

少年は今日を乗り切った、と息を吐いた。狂気をある程度留めた、と。

そのとき、

少年は背後に気配を感じた。

振り返る間もなく、首に冷たい何かが当てられる。

そして、

電撃が走った。

同時に、

彼の中の狂気が目を醒まし、弾けた。

東方幻想譚 -7.コウマカン-

カランカラン、というベルの音で俺は目を覚ました。起き上がると、身体に掛けてあったタオルケットがずり落ちる。

「一体ここは……?」

「香霖堂だよ。」

部屋の襖が開き、雪のような白い髪の青年が入ってきた。幻想郷に来てから初めて会う男性だ。

「良かった、生きてたんだね。」

「生きてたんだねって失礼な。」

「君は丸々3日間寝込んでたんだ。僕のところに様々な人が来るとは言え、3日間も寝込む人が来るのは初めてだよ。」

3日間だって……?

「紫も面白い置き土産を置いていったものだよ。見返りは君が払うからって言っていたけど……。」

あいつめ……勝手に俺を幻想郷に連れて来て働かせるつもりなのか。

「そう言えば君の名前は……あ、僕は森近霖之助だよ。みんなは店の名前をとって香霖って呼んでるけどね。」

「神谷玲斗だ。」

「じゃあ玲斗、早速お使いを頼むよ。」

そう言って霖之助は近くの棚をごそごそと漁り出した。
香霖堂の中にはたくさんの棚がある。店、と言っていたが、置いてあるものからは何の店なのか想像がつかない。
スプーンやお皿といった小物から、椅子やテーブル、果ては剣のような物騒な物まで置いてある。

「……おっ、あったあった。これを紅魔館に届けて欲しいんだ。」

霖之助が白く小さなティーカップを寄越して来た。何の装飾もない、シンプルだが小綺麗な代物だ。

「"コウマカン"?」

「あぁ、場所が分からないかな?えっとね……。」

近くにあった新聞を手に取り、載っていた地図に筆で印を付ける。わざわざ筆なんてものを使う霖之助の様子に、つい笑ってしまった。

「どうかしたかい?」

「いや、何で筆なんか使うんだろうって思って。」

「じゃあ、一体何で書くんだい?」

「鉛筆とか、ボールペンとか……」

そう言ってから気付く。
幻想郷に、常識は通用しない。

「いや、何でもないよ。」

「そうかい。じゃあよろしく頼むよ。」

新聞とティーカップの入った箱を俺に渡すと、霖之助は棚を見上げながらメモを取り始めた。




暑い。
まだ朝だというのに太陽が容赦なく照りつけ、ジリジリと身体を焼く。
香霖堂を出たのはいいものの、幻想郷の地理は地図だけではイマイチ理解できない。

「朝だから太陽のある方が東だよな……。」

朝ももう遅いらしく、太陽は既に高く上っていた。それに背を向けて、北西へと歩く。紅魔館は湖の近くにあるらしいから、近くの川に沿って歩けば辿り着くだろう。
鬱蒼とした森に差し掛かる。聞こえるのは川のせせらぎと蝉の声だけ。幻想郷の森は、人気がない。
新聞に目を遣る。そこに書かれた文字は、

"魔法の森"

魔法か……。そういえば魔理沙は魔法使いだったはずだ。ここらへんに住んでいるのだろうか。

「おおっ?玲斗じゃないか。生きてたのか。」

噂をすれば、本人の登場だ。

「文に連れて行かれた後、妖怪にでも食われたんじゃないかと思ってたぜ。」

「文には紫のところまで連れて行ってもらったよ。すごーーーく感謝してる。」

「相当なスピードで連れてかれただろ?よく平気だったな。」

俺が平坦な声で言うと、魔理沙は苦笑した。

「で、玲斗は何をしてるんだ?こんなところで。」

「紅魔館までお使い。霖之助に頼まれたんだ。」

「へぇー香霖がお使いを頼むなんて珍しいな。」

魔理沙は箒を肩に担ぎ、歩き出した。

「ついて来いよ。紅魔館まで案内してやるぜ。」

「ああ、ありがとう。」

魔理沙に幻想郷のことを話してもらいながら、俺も歩き出した。




「ほら、あれが紅魔館だぜ。」

魔理沙の指差す先には大きな洋館があった。
紅魔館には吸血鬼が住んでいるらしい。吸血鬼は姉妹で、妹の方は基本的に部屋に閉じこもっているという。軟禁されているのだ。それなりの理由があるのだろうが、魔理沙が言うにはよっぽど妹の方がマトモらしい。
また、紅魔館にはたくさんのメイドがいるのだが、実質メイド長が一人で家事を行なっているのだとか。あまりにも忙し過ぎて、他のメイドは自分のことでいっぱいいっぱいなのだという。それでは雇っている意味がないような気がするが……。
それ程に忙しい家事を一人でこなすメイド長とは一体どんな人物なのだろうか。
あれこれ考えている内に、門の前に着いた。門番らしき人物が立っている。

「門番に許可は取らないのか?」

「え、ああ、いいんだよ。いつものことだし。」

いつも寝ているのか。これもまた雇っている意味がないような気がする。
筋肉質な身体で長身。頭には「龍」と書かれた帽子をかぶっている。門番にふさわしい体型には見えるが、しかし寝ているのでは……。

「ちょっと図書館に寄らせてもらうぜ。」

この大きさの館だ。さも大きな図書館があるのだろう。魔理沙が借りるのだから、魔術書か何かの類だろうか。
本館のものであろう大きな扉を通り過ぎ、脇道を歩いて行った先にその図書館はあった。
予想通り本棚は数え切れないほど整然と並び、本は無数の仕切りによって分類されている。異国の本が多い。
魔理沙は目当ての本を探しに行ったようだ。俺もいろいろと見てみることにする。
気まぐれに日本語で書かれた本を一冊抜き取る。

『七曜の魔術~魔法陣の構成と曜~』

タイトルからして難しいが、内容もまた難解だった。

「……七曜はさらに効果によっていくつかに分かれる。月の1、土星の3、といった風に数字が付き、魔法陣の形も異なる。例えば火星の2は……」

理解の範疇を越えたその本を閉じる。棚を見上げながら通路を先へと進んで行くと、一つ気になる題名の本を見つけた。

『Macbeth』

文学に疎い俺だが、マクベスという作品は聞き覚えがある。読んだことはないが。
本を開く。そこにはビッシリと英字が詰め込まれていた。
俺の頭にある最大限の英語の知識を使って読んでみた。

「……Life's but a walking shadow, a poor player.」

読めたのはいいが、意味は分からない。パタンと本を閉じたとき、

「……人生はただ歩き回る影法師、哀れな役者である。」

小さく細い声だが、静寂に包まれていた図書館にはその声が響いた。

「マクベス第5幕第5場。」

閉じた本を開き、さっきのページを探す。そこには確かに書かれていた。

「act5, scene5」

ぞっとする。セリフを覚えているのか……?
隣の本を引っ張り出し、適当なページを開き、呟く。

「All the world's a stage,
And all the men and women merely players.」

相変わらず意味は分からない。

「この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずすべてこれ役者にすぎぬ。お気に召すまま第2幕第7場。」

ページの下部に目を遣る。

「As You Like It, act2, scene7」

声の主の方へと歩く。
図書館の奥に、椅子に腰掛けた少女がいた。
紫色の髪、紫色の服、三日月の飾りの付いた紫色の帽子。そして、紫色の瞳。鼻にかけた小さな眼鏡を外すと少女は言った。

「私はパチュリー・ノーレッジ。あなたは確か神谷玲斗ね?」

「何故俺の名前を?」

そう問うと、パチュリーは黙って俺の手の新聞を指差した。
新聞を広げる。それは二面にあった。

「久しぶりに外界からの人物!神谷玲斗に迫る!」

あまり記憶がないが、いろいろと取材の成果が書かれている。
変な問答を見つけて落ち込む前に、新聞を丸めた。

「あんたは読んだ本をみんな覚えているのか?」

「有名なものだけよ。まさかあなた外界から来たのにシェイクスピアを知らないの?」

「名前だけしか……。」

「人生は芝居。運命という台本に沿って人間は躍らされているっていうこと。」

「そうなんだ。」

よく分からなかったがとりあえず、適当な相槌打っておく。
そのとき、大きな魔理沙の声が静寂の図書館に響いた。

「パチュリー!本を借りて行くぜ!」

それにパチュリーはピクリと耳を動かし、音を立てて椅子から立ち上がった。その衝撃で周りに積まれた本の山が崩れ、むきゅっ、と変な声を出して彼女は本に埋もれた。

「おい、大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃない……私の本は全然大丈夫じゃないわ!!」

パチュリーはむくりと本から顔を出すと、ブツブツと何か呟いた。
すると、何故か本が浮き上がり、元の位置へと勝手に戻っていった。何が起きたのだろうか。

「……私の、本を、返し、なさい!」

そう言って、パチュリーは図書館から飛んで出て行った。爆発音や叫び声がする。

「危ないやつらだ。」

そうとだけ呟き、俺は図書館を後にした。

東方幻想譚TIPS -幻想郷規則-

幻想郷規則

第1章 能力

第1節
幻想郷において個人の能力を行使するのは自由である。ただし、個人の常識の範囲内で行い、むやみな殺生などの能力の濫用をしてはならない。

第2節 
能力の行使には一定の妖力を消費する。不足している場合は能力を行使できない。ただし、体力や魔力を多く持つ者はこれに限らない。

第3節
人里やその他幻想郷外での能力の行使は基本的に禁ずる。緊急の場合や、護身のためやむを得ない場合はこれに限らない。

第4節
どんな能力を持っていようと、各人は個人として尊重される。

第5節
弾幕ごっこにおいての能力の行使は、基本的に認める。詳細については後に記す。


第2章 弾幕ごっこ

第1節
あらゆる諍いは弾幕ごっこによって解決される。

第2節
勝敗は潔く認め、追い討ちや過度のいたぶりは禁じる。

第3節
弾幕ごっこを行う場合は、開始時に次のことを宣言すること。
(1)スペルカードの使用回数制限
(2)制限時間(任意)
(3)被弾許容回数(任意)

第4節
弾幕展開には妖力を消費する。不足している場合は展開できない。ただし、体力や魔力を多く持つ者はこれに限らない。

第5節
弾幕ごっこの際、スペルカードの使用が許可される。スペルカードについては後述。

第6節
制限時間は、特に設けない限り無限である。制限を設ける場合には弾幕ごっこ開始時に宣言しなければならない。

第7節
弾幕ごっこは被弾した時点で終了し、勝敗が決定する。基本的に1回の被弾で負けとし、許容回数を設ける場合には弾幕ごっこ開始時に宣言しなければならない。 また、スペルカードを使い切った場合も敗北である。

第8節
弾幕の被弾は身体的苦痛を伴わない。ただし、大きな衝撃はあり、またナイフなどの物理的攻撃はこれに限らない。

第9節
弾幕の防御は基本的に不可能である。回避こそ最大の防御である。

第10節
勝利に手段を選ぶ必要は無い。ただし、他人にその弾幕ごっこを補助してもらってはならない。

第11節
弾幕ごっこは1つの諍いのみに適用され、その勝敗は絶対である。

第12節
弾幕展開が不可能な者に弾幕ごっこを仕掛けてはならない。また、その必要はない。

第13節
弾幕は、美しくなければならない。


第3章 スペルカード

第1節
スペルカードは弾幕ごっこ時、それ以外の状況では正義のためだけに使用が許可される。

第2節
スペルカードはそれ自体に能力を持たない。あくまでスペルカードに力を吹き込んだ者が弾幕を簡易的に想起し、再現するための道具でしかない。他人とってはただの紙切れである。

第3節
スペルカードは弾幕ごっこ時、相手の弾幕をすべて無効化できる。

第4節
スペルカードを廃棄する場合、必ず博麗の巫女に相談しなければならない。


第4章 博麗大結界

第1節
博麗大結界は外部からの物理的侵入、内部からの脱出を完全に防ぐものである。

第2節
管理は博麗、八雲が行う。

第3節
結界のほつれや穴を見つけた場合、管理人に報告する義務がある。


第5章 その他

第1節
魔法は七曜によるものである。

第2節
幻想郷の地図は博麗神社で確認できる。

第3節
博麗神社で行なわれる行事には必ず参加すること。

第4節
異変解決には積極的に協力すること。

第5節
幻想郷を平和に保つべきである。ただしこれは義務ではなく、権利である。


随時補足していくので、時折確認すること。また、不明な点は質問すること。

博麗一代

東方幻想譚 -8.十六夜咲夜-

図書館から出て、パチュリーと魔理沙がいろいろやりあっているのを横目に紅魔館の本館の扉へと歩く。いかにも重そうな扉を押すと、案外軽く開いた。

「おじゃまします……」

小さく開いた扉の隙間から中に入り、扉を閉めると外界の喧騒は完全に遮断された。
館の中は薄暗い。大きなシャンデリアが天井から下がっているが、使われていなかった。紅魔館の主は吸血鬼だというから、当然と言えば当然なのかもしれない。
薄闇に目が慣れてくると、豪華な内装に気を引かれた。エントランスは赤を基調としているが、決して下品な派手さはなく、落ち着いた雰囲気を醸している。床は薄闇でも分かるほど綺麗に磨かれ、土足のまま入るのが躊躇われる程。敷かれた赤い絨毯は館の奥へと続いており、その先からは明かりが漏れている。それだけが唯一生活を感じさせた。

「お届けものでーす……」

おどけて呟いてみるがその声は響かず、完璧に保たれた静寂が崩れることはない。その完全さが不気味だ。
明かりへと続く絨毯の上をおそるおそる、ゆっくりと歩く。見た目とは相違してその距離は長く、永遠に絨毯が続くのではないかと錯覚させられた。
しばらく歩くと、俺は足を止めた。何か気配を感じる。背後に誰かが立っているような気配。
首をひねって後ろを確かめるが、何もいない。しかし気配は常に俺の背後に張り付いている。
腕を伸ばすが、手はただ空気を掴むだけ。確かにそこに何かがいるはずなのに。
ゾッと肌が粟立つ。
誰が、何のために、何故俺の背後に張り付く?
勝手に館へ入ったからか?
確かに了承も取らずに入ったのは悪かった。でもわざわざこんなに陰険な方法を使う必要があるか?
……吸血鬼の住む館、紅魔館。
人間なら、誰でもよかったのかもしれない。
このまま俺は皮膚を食い破られ、血を吸われ、死ぬのかもしれない。あるいは……

考えすぎだ。

自分にそう言い聞かせる。不気味に流れる館の空気に圧倒されているだけだ。いるのに見えない、触れないなんてありえないじゃないか。

『常識が通用しない。それが幻想郷。』

頭の中で自分でない誰かが言葉を発する。チルノのときの、あの無機質な声。
頭痛がしてきた。忘れよう。忘却は最大の防御。
幻想の声を振り払い、足を一歩前へ繰り出した。
いや、繰り出そうとした。

しかし、

できなかった。

足が絨毯に張りつき、動かない。

怯え?恐怖?

否。

そんな感情的なものではなく、ただ物理的に、足を動かすという至極簡単な動作が出来ない。

そして、それ以外にも異変があった。

今まで流れていた空気はピタリと静止している。

俺の身体だけでなく、世界が諸共固まっていた。

そして、『声』は言った。

『後ろのナイフに気を付けな。』

一体どういう意味なのか考える暇はなかった。突然世界が動き出したのだ。
咄嗟に手に持っていたティーカップの箱を盾にする。強い衝撃があり、俺は絨毯に叩きつけられた。
後ろを振り向くと、メイドが一人立っていた。その手には、一振りのナイフ。
シルバーグレーの髪を小さな三つ編みにし、凛としたその表情は冷たい。鋭く俺を睨むと、彼女は言った。

「あら、防がれるとは思いませんでしたわ。」

感情を殺した声。

「でもあなたには私のナイフから逃げのびることが出来ない。私は30m先にいる、林檎を頭に乗せた妖精の額を貫くことが出来ますので。」

「俺が何か悪いことしたか?ただティーカップを届けに来ただけで……。」

「言い訳は無用。諍いは全て弾幕ごっこで解決です。」

幻想郷の人々は、全くもって勝手だ。

「自己紹介が遅れてしまいましたね。私は十六夜咲夜。ここ紅魔館のメイド長です。以後お見知り置きを。」

咲夜はメイドらしく、スカートをちょっとつまんでお辞儀をした。その間も、表情は固い。

「俺は……」

「神谷玲斗。そうですね?」

有名人なのか、俺は……。

「くだらない雑談はお終い。あなたの口が開くことは、二度とないでしょう!」

咲夜がナイフをホルダーから抜き、切っ先をこちらに向けた。

「スペルカードは2枚まで。」

静かにそう宣言すると、ナイフをこちらへと投げて来た。真っ直ぐに、空気を切るかのように向かってくる。
すかさず横に避ける。背後の床にナイフは刺さり、ふるふると震えた。もし避けていなければーー刺さったナイフと咲夜の手元を結ぶ直線が俺と交わるところ、つまり心臓を貫いていただろう。
振り向けば咲夜が相当量のナイフを手に持ち、こちらへ向けていた。

「避けられるかしら?」

咲夜は奇妙な笑いを浮かべると、なぜか真上にそれらを投げた。しばらくは重力に逆らって上昇を続けたものの、やがて自然法則に負けて落下を始めた……はずだった。しかし、

「おか……しい……。なぜ、こちらに向かって来ているんだ……?」

ナイフの先は本来あるべき方向を向いていなかった。ギラリと殺意のある輝きを見せ、俺に向かっている。
直感で左へ走る。嫌な金属音を立てて、ぐさりぐさりと床に刺さっていく。
一本の外れナイフが頬を掠め、それに今までの弾幕ごっこにないものを感じた。
小さいけれど鋭い痛み。頬を伝う生温かいモノ。
そして、
明らかな殺意。

霊夢の声が蘇る。それ程深く意味を理解していなかった言葉。

『ごっこ、って言っても怪我をするし、』

現実味のない、言葉。

『最悪死ぬかもしれないわ』

今までの俺は、弾幕ごっこをあくまで『ごっこ』としか捉えていなかった。ルーミアからもチルノからもここまで明確な殺意は感じられなかったから。
向こうが本気なら、こちらも本気にならなければ失礼だ。というよりも死んでしまう。

『やるのかい?』

例の声が尋ねてくる。弾幕ごっこのとき、この声は役に立つ。

「ああ」

『了解』

またしても咲夜は大量のナイフを手にしている。あれ程の量を一体どこに持っているのだろう。

『お前は相手が何をしているか分かっているか?』

「いや、全然」

見当もつかない。目の前で何が起こっているのか。

『床を見てみろ』

声に従う。そして、俺は息を呑んだ。

「……ない」

そこにあるはずの……いや、なければおかしいものが。
忽然と姿を消していた。

「なぜ……なぜナイフが消えている!?」

口から出た声は、自分でも驚く程大きなものだった。
それを嘲笑い、咲夜は言う。

「ふふ……消えたのではありませんわ。ほら、」

手に持ったナイフを俺に見せる。

「ここにある」

「そ、それがさっきまで刺さっていたナイフである証拠はない」

「私がそんな量のナイフをどこに持っているというのでしょう?」

俺が思った疑問を咲夜が口にする。
その通りだ。
ならば、咲夜は床のナイフを全て回収したというのか。そんなの不可能だ。俺のすぐ横に彼女が現れた記憶はない。では一体……。

『まだ分からないのか。ヤツは時を止めているんだよ』

時を、止める……?
確かにそれならつじつまが合う。時を止めてしまえばナイフを拾う時間など無限。
しかし……。

『常識が通用しない、それが幻想郷』

認めるしかない。ただ、咲夜が時を止めていることを知ったところで何が出来るというのだ。

『いくら時を止めようと、俺には関係ない。俺の言うことに従っていればいいぞ』

自分の頭の中にいる存在だというのに、理解出来ない。どうやって対抗するというのだろう。
そうこう考えているうちに咲夜はまた投げようとしていた。

「どうすればいい!」

『奴さんが投げてくれないと分からない。生きるか死ぬかはお前がどれだけ速く俺の言葉を理解し、行動に移せるかにかかっている』

なんとシビアな。
しかし、これが弾幕ごっこ。今までとは一味も二味も違う。
咲夜がナイフを放つ。方向はバラバラだ。しかし、まばたきをしたほんの一瞬でこちらに方向転換をする。
徐々に迫ってくるにもかかわらず、指示はない。
まさか、騙されたのだろうか。咲夜の仲間がどこかから囁いていたのかもしれない。
避けようとしたとき、

『動くな』

『声』は短く言った。
プロフィール

疾風ロケット

Author:疾風ロケット
疾風ロケットです!
このブログでは、東方の二次小説を書いていきたいと思ってます。まったりと書いていくのでよろしくです。
今は東方永夜抄のスペルカード集めをやっています。(ラストワードムズい・・・)
こんなダラダラ学生のブログですが、ちょくちょく小説を読みにきていただけると嬉しいです。あ、読んだらコメントくださいね?

リンクフリーです。どんどんリンクしてください!

P.S.
好きな東方キャラは諏訪子と咲夜さんです。

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