Category | 短編小説

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ある逃亡者の話

ある男が街中を走っていました

老人が話しかけます

「君はなぜ走っているのだい?」

男は答えました

「人を殺したから逃げているのさ。」

ふうん、と言って老人は去っていきました




男は町外れを走っていました

青年が話しかけます

「どこへ行くのですか?」

男は答えました

「どこまでだって行くさ。警察を引き離すまで。」

ふうん、と言って青年は去っていきました



さて、彼は逃げ切れるのでしょうか?



俺は逃げていた。
誰からかって?
俺の友人からさ。金を借りたんだが返せなくてね。仕方なく逃げることにしたのさ。
心は痛むよ。でもしょうがないだろう?返せないなんて言ったらやつの仲間に挽肉にされちまう。命は惜しいんでね。
とりあえず、駅へ向かう。
途中で老人に話しかけられた。

「君はなぜ走っているのだね?」

一瞬言うのがはばかられたが、見知らぬ老人だからと思い、俺は答えた。

「友人に借りた金が返せないから逃げているんだ。」

ふうん、と老人は頷いて去って行った。けしからんだとか言われるかと思っていたが、特に興味を持たなかったらしく、何も言わなかった。その様子がかえって不気味だ。
駅に着く。切符を買うときつい顔を伏せてしまう。別に友人に報告されるわけでもないのに。
一番遠くへ行く切符を買う。それで俺の財布はすっからかんだ。先のことなんて考えてはいられない。今どう生きるかが大切だ。
列車に乗り込み座席に座ると、老人に話しかけられた時以来の奇妙な緊張がふっと解け、まどろみ始めた。

「終点ですよ。」

溌溂とした青年の声に起こされる。ずいぶんと深く眠っていたようだ。

「ぁあ、ありがとう。」

礼を言う。すると、青年は尋ねて来た。

「どこへ行くのですか?こんな田舎に何もありませんよ?」

「君こそどこへ?」

「僕は実家へ帰るところです。」

親孝行な青年だ。自分がとても惨めになる。

「俺は……どこまででも行くさ。追っ手から逃げ切るまでは。」

ふうん、と青年は頷いた。気を付けて、と言って去って行く。
さっきの老人と同じだ。

畦道を歩いていると、小さな女の子が駆けて来た。

「ねぇねぇ、お兄さんは何をしているの?」

無邪気に尋ねてくる。

「逃げてるんだ。」

「ふうん……」

まただ。老人や青年と一緒……。

「でも、誰から?」

ではなかった。
女の子の問いに答えようと口を開こうとしたが開きかけて止まった。
友人から逃げている……?でもそれだったらこんなに遠くまで逃げる必要はない。
ふと後ろを振り向く。夕日に紅く染まった畦道が続いているだけで、誰もいない。
俺はパッと駆け出した。見えない追っ手から逃げるために。いつまでも、いつまでも走り続けた。



男は畦道を走っていました

女の子が話しかけます

「誰から逃げているの?」

男は立ち止まりました

その問いに答えられませんでした

ゆっくりと後ろを振り向き

顔を青くすると

無言で走り去りました


彼が逃げ切れるわけありません

だって

追っ手は彼の中にいるのですから





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見えないモノ

ある男が酒場で言いました

「俺は過去のことを何でも知っている。」

酒場の人々は昔起こった事件について男に聞きます

その全てに彼は正確に答えました



あるとき男は言いました

「俺は未来が視えるんだ。」

彼は酒場の人々に向かって様々な予言をします

そして、それらは全て当たりました


さて、彼に視えないモノはあるのでしょうか




ある日俺は酒場で語った。

「そうは見えないかもしれんが、俺はS大学出身だ。」

S大学というのは、俺の住む国で最も入学が難しいと言われている大学だ。

「本当かよ?」

酒場にいたやつらが疑うから、彼らに問題を出させた。そしてそれら全てに答えた。
驚く姿を見て俺は満足した。その後、大学での功績に着いて話した。

またある日、俺は語った。

「俺には大きな夢があるんだ。」

大学での功績を活かして発明・発見を行うのだ。
人々はその壮大な夢の話をなぜか冷ややかな顔をして聞いていた。

そのまたある日、いつものように俺は語っていた。
すると、女の子は言った。

「いい大学を出て、大きな夢もあるのに、どうしてそんなに汚い服を着て昼間からお酒を飲んでいるの?」

無邪気な女の子の問いに、酒場の人々は嘲笑した。俺は恥ずかしくなり、黙って酒場を出た。


何日か経った後、俺は別の街の酒場で功績について語った。




ある日、酒場の老人が言いました

「君は投資を始めたら儲かるんじゃないかね?」

男はそれはいい考えだ、と投資を始めました


彼が投資に成功するはずがありません

だって

彼はいくら過去にもの知りでも

未来が視えても

現実が見えていないのですから

おそらく今ごろ

彼は投資と彼の能力について

別の酒場で語っているでしょうね

今見ている世界はホンモノ?

りんごの色は何色でしょう?

みかんの色は何色でしょう?

あなたが何色と答えたかは知りませんが

誰がその色であると言ったのでしょう

りんごやみかんがその色であるという保証は

どこにもないのです

***

封筒がありました。
その猫を指して日本人は「薄茶」色と言います。
しかし、イギリス人は「オレンジ」色だと言いました。
さらにフランス人は「黄」色だと言いました。
彼らの中で誰かが間違っているとは言えません。
なぜなら色の言い方など人によって違うのですから。
日本人は蝶の幼虫を「青」虫と言いますよね。
しかし英語では「青」ではなくgreen、つまり「緑」色だと言うわけです。
でもこれは色の「言い方」の話。
「見え方」はどうなのでしょうか。
私たち日本人は青虫を「青」色と認識しているわけではありません。あくまで「緑」色です。
封筒の話に戻ります。
日本人もイギリス人もフランス人も、言い方は違えど同じ色だと認識しているのではないでしょうか。
ここで一つ考えてみます。
同じ色であると認識している。これを否定するとどうでしょうか。

……わかりませんね。他人の目でも借りない限り。
たった今見ているりんごが自分と相手で違う色に見えているかもしれない。
そう考えるとちょっと面白いと思いませんか?

***

今見ている世界は

自分だけの見え方であって

他人は違うかもしれません

そう、今見ている世界は自分の幻想や虚偽にすぎないかもしれないのです

そうしたら世界中に信用できるものなどないじゃないかって?

その通り

絶対に信用できるものなどないのです

しかし

どうしても疑うことのできないものがあります

さあ、何でしょう?



興味があったらコメントで答えてみてください。
割と有名な問題だったりしますが……

善と悪、そして中立



果たしてそれは全ての人間が肯定するものなのでしょうか



果たしてそれは全ての人間が否定するものなのでしょうか

では

私たちは、善悪とは何か知っているのでしょうか


***

戦争は、悪いもの。
平和は、善いもの。
現代を生きる私たちはそう感じます。少なくとも私は。
しかし、それはあくまで現代の話。
戦争を国が推し進めた時代だってあるのです。
ものごとの善悪なんてなかなか判断できるものではありません。

侵略を続ける大国。
これは善ですか?悪ですか?
その国のトップの人間や一部の国民はそれを善と捉えます。
それとは逆に、また一部の国民や侵略を受ける側はそれを悪と捉えるでしょう。
では第三者の私たちにその善悪は測れるでしょうか。

自分は善、それ以外は悪。
それが逆転した人が、聖人と呼ばれるのではないでしょうか。

ものごとの判断の絶対的基準など、どこにも存在しません。
しかし、判断にとても大きな影響を与えるものはあります。
誰にでも、自分の中に。

最後に
高名な劇作家の言葉を。

物事に本来善悪はない。
ただ我々の考え方で、善と悪に分かれる。

***

善人にしか善は語れないでしょう

悪人にしか悪は語れないでしょう

なぜなら

考え方は必ず偏ってしまうから

善から見れば中立は悪なのです

悪から見れば中立は善なのです

かといって中立が善悪を語れるわけではありません

自分自身が体験しない限り、人になど伝えられません

だから

善悪の判断など第三者にはできないのです

レミリア記念日

カチ、カチ、カチ。
紅魔館のメイド部屋に据えられた柱時計が、時を刻む。そのずれることのない正確な音を刻む時計は、従者である十六夜咲夜にとって絶対の存在だった。
しかし彼女は時にその秩序を崩し、時を止める。行わなければならない家事を済ませるために。他人にその影響はないが、絶対を崩すことに咲夜は小さな罪悪感を覚えていた。
目の前にある時計の長針が真っ直ぐに上を向く。柱時計がボーン、ボーンと二度大きな音を立てた。

「さて、お嬢様のお茶の時間ね」

午前二時。主であるレミリア・スカーレットは吸血鬼であり、日光を嫌う。だから当然の如くお茶の時間は人間と大きくずれてしまうのだ。
厨房に向かい、戸棚からポットを取り出したところで咲夜は気付いた。

「紅茶が、ない……」

もちろん時間を操れる咲夜なら、すぐに買ってくることが出来る。しかし、彼女は一つの約束によって、その能力が縛られていた。

***

それは、咲夜がレミリアの従者になったばかりのとある雨の日のこと。

「咲夜」

「はい」

レミリアの声に咲夜は現れた。

「何か御用でしょうか、お嬢様?」

「……雨ね」

「雨ですね」

部屋が沈黙に包まれる。打ち付ける雨は徐々に強まり、やがて雷も鳴り始めた。
途切れた会話に咲夜は不安を覚える。「雨」で察しなければならないことがあるのかもしれない。それか「飴」と聞き間違えたか、それとも実は「甘ぇゎね」だったのだろうか。ときどきレミリアは話し方が怪しくなる。

「咲夜、ボーッとして、どうしたの?」

「いえ、私に何か不備があったのではないかと思いまして」

レミリアはフッと小さく笑うと、言った。

「あなたに不備などないわ。いつも完璧。完全で、瀟洒なメイドよ。でもね」

意味深な逆接で言葉を切る。咲夜には続く言葉は見当もつかなかった。

「その能力ゆえに、あなたが私から離れて行くような気がしてならないの。」

「私がお嬢様から離れるなど、ありえません。お呼びになればすぐに現れ、ご要望があればすぐに実現させます。」

「時を止めている間、あなたは私から離れている。違う世界へ行ってしまう。いくら私のそばにいたって、時の止まった世界では月と太陽以上に離れているようなもの。あなたが私に手を触れても、私はあなたに触れられないのよ。そんな孤独が耐えられない。
わがままだっていうのは、分かっているわ。それで迷惑をかけるかもしれない。でも。
私はあなたと出会ってしまったから。孤独から一度解放されてしまったから。もう二度と、この幸福を手放したくないの。」

レミリアは咲夜の腰に手を回した。そして、ギュッと抱き締める。

「だから、私と同じ時間を生きて……」

咲夜は驚いていた。鬼の強さと天狗の速さを持つと言われる吸血鬼が、このような弱い一面を見せることに。
しかし、それは当然のことなのかもしれない。500年近く生きたとは言え、レミリアの容姿はまだ幼い。年月など関係なく、心も身体もまだ子供なのだ。

「……お嬢様のお思いの通りに」

レミリアの頭にそっと手を乗せる。
雷は収まっていた。

***

レミリアとの約束。
めったに見せない彼女の弱さを垣間見た咲夜は、それを守り続けて来た。もしかするともう破っても構わないのかもしれない。レミリアだって成長したのだから。
それでも、と咲夜は思う。それでも守る、いや、守りたい。例えその約束が忘れられてしまったものだったとしても、咲夜にとって大切なものであることに変わりはないのだから。
懐から懐中時計を取り出す。約束を交わした日に、レミリアからもらったもの。進み方が早くなったり遅くなったり、なかなか正確な時刻を示さない時計。針の先には月が付いていて、どういう仕組みか日ごと満ち欠けを繰り返す。扱い辛く、またほとんど使わないが、その不安定な時を刻む時計はどこか咲夜に似ていて、愛着があった。

"ルナ・ダイアル"

咲夜はそんな名前を付けた。気まぐれで満月の夜だけに正確な時を刻む、約束の時計に。


本来のお茶の時間から20分程遅れて、レミリアの部屋へ向かった。ドアをノックする。「いいわよ」という短い返事。

「失礼します。お茶の時間です」

「ご苦労様」

なかった紅茶の代わりに緑茶を淹れた。それに合わせてお菓子は羊羹。どちらも霊夢からの貰い物だ。もっとも、レミリアに和菓子は合わないかもしれないため、少し手を加えたが。

「遅れてすみませんでした」

「あら、いつもより遅かったかしら。気付かなかったわ。人間は時間をよく気にするわね」

「私はメイドですからね。人間にも時間に疎い人はいますよ」

神社の巫女とか、という言葉は飲み込む。

「ああ、そうね」

同じことを考えていたのだろう、レミリアは咲夜を見て笑った。

「今日は紅茶を切らしていたので、和菓子です」

お盆を小さな猫足のテーブルに乗せる。初めての和菓子に興味津々のようで、レミリアは羊羹をフォークで突ついたり匂いを嗅いだりしている。
それが済むとようやく小さく切り分けて一欠片を口に入れ、そして言った。

「咲夜」

「はい?」

「これ、似たような物を霊夢のところで食べたことがあるのよ」

初めてではなかったようだ。ではなぜ匂いを嗅いだりしたのだろうか。

「羊羹、よね?」

「はい、そうですが」

レミリアは怪訝な顔をしながら、もう一つ羊羹の欠片を口にした。ゆっくりと咀嚼し飲み込んでから、少し考えるような様子を見せてまた言った。

「これは羊羹よね?」

「はい、その通りです」

「なんだか、羊羹以外の味がするわよ」

咲夜は羊羹にメープルシロップをかけていた。少しでも洋風にしようとしたのだ。

「ええ、メープルシロップを少々。和菓子はお口に合わないかと思いまして、洋風にしてみました」

「私は和菓子、嫌いじゃないわ。まさかあなたはこれが美味しいと思って持って来たんじゃないでしょうね?」

「もちろん、美味しいだろうと思ったからです」

「あくまで『だろう』なのね……。次からは味見をしてから持って来なさい。」

そう言いながらも、レミリアは羊羹をどんどんと口に運んでいった。無理をして食べているのではないかと咲夜は心配になる。

「無理なさらなくてもいいですよ。これは下げて、他のものを持って参りますから」

「いえ、いいわ。出されたものは食べなきゃ」

背中で咲夜から羊羹を守るようにして、レミリアはフォークをせっせと動かす。そんな様子をしばらく見守った後、咲夜は背を向けて部屋から出て行こうとした。

「私はこれで」

「あ、咲夜」

それをレミリアが呼び止める。振り返ると、彼女はフォークを置いて言った。

「今日は何の日か分かる?」

いつになく真剣な表情であるから、言葉遊びではないだろう。
思考を巡らせる。博麗神社の行事はまだないはず。白玉楼の宴会の予定もない。お茶会もここのところは少ない。
一体何の日だか、思い出せなかった。

「……まあ、いいわ」

「済みません、お嬢様……」

「気にしなくていいわよ」

ぎこちなく笑い、頭を下げて部屋を出る。レミリアは気にしなくても良いと言ったが、咲夜は見逃さなかった。
彼女が一瞬顔を曇らせたのを。


自室に戻り、壁に掛けたカレンダーを見る。今日は皐月の十四日、新暦で言えば六月の十五日といったところだろう。霊夢から貰ったカレンダーは旧暦なのだ。
やはり今日という日に何か特別な意味があるとは思えない。強いて言えば明日が満月であること位だ。ルナ・ダイアルがそう示している。
レミリアの言った通り、気にする必要はないのだろうか。しかし、彼女が見せたあの表情が引っかかる。悲しみとも安堵ともつかない、複雑な感情が感じられるものだった。今までに見たことのない、咲夜に理解出来ない表情。
それを見て初めて感じた。いや、初めてだからこそ感じた。

「お嬢様が遠い」

と。そして、分からない苦しさを。
服が乱れるのも構わず、咲夜はベッドに寝転び、目を瞑った。まぶたの裏にもあの表情は焼きつき、決して咲夜から離れようとしない。
今日が何の日なのか。それを言ってくれれば、これほど悩むことはないのに。もどかしさが消え、また素直な笑顔が向けられるというのに。どうして答えを言わず、咲夜を苦しめる?
なぜ、なぜと頭の中を疑問が駆け巡る。

なぜ、答えを言わない?
ナゼ、何ノ日ナノカ分カラナイ?
ナゼ、ワタシヲクルシメル?

問いが咲夜を埋め尽くし、レミリアの姿を見えなくさせる。理解していたはずの彼女が分からない。そばにいた彼女は遠く離れ、手が届かない。
ずんずんと思考が沈む中、一筋の光明が差した。
直接、聞けばいい。
レミリアが遠くて手が届かないのではない。咲夜が手を伸ばしていなかったのだ。そんな簡単なことに、ようやく気付いた。
懐中時計は三時半を指している。夕食を運ぶときに聞こう。そう咲夜は思い、仮眠を取ることにした。
疲れで意識はすぐに遠くなり、眠りへと誘われて行く。しかしその間もまぶたの裏に焼き付いたそれは、消えなかった。


時間とは、無情なもの。
咲夜が仮眠から目覚めると既に空は明るくなりかけていた。あまり眠った気がしない。疲れも残っている。
しかし、そろそろ夕食を作る時間。懐中時計は午前六時を示す。自分がいつになくルナ・ダイアルをよく使っていることに咲夜は気付いた。時計をよく見るのは生活が乱れ始めている証拠だ。規則正しく生活していれば、時計を見なくとも身体が勝手に動く。
起き上がり、服を軽く整えてから部屋を出る。夕食は何を作ろうか。厨房までの長い廊下を歩きながら考える。
窓から差す光は柔らかく、眠気を誘った。フワフワとした意識で夕食を考えても、何も思いつかない。
仕方ない、と考えるのを諦めて廊下に並ぶドアの一つを叩いた。

「入るわよ」

中から返事はない。恐らくまだ眠っているのだろう。
ドアを開け、咲夜の目に飛び込んで来たのはたくさんの装飾だった。
紅魔館の物ではない、小洒落た椅子やテーブル。レースのカーテンには至るところに薔薇の縫い付けがある。白い陶器のティーポットは柄が変わった形になっていて、上品な代物だ。
殺風景な咲夜の部屋とは正反対なメイドの部屋。狭いけれど、どこか充実している。そして、一つ気付いた。

「時計がどこにもないわね」

妖精のメイドがなかなか働かないのはこのせいだろう。自由な時間に起き、自由な時間に食べて、自由な時間に寝る。時計というものによる威圧を一切受けていない生活を送っているのだ。
レミリアも言ったが、人間というのは時間に敏感だ。一日を二十四に分け、それを六十に分け、またさらに六十に分ける。そうして出来た欠片を長いと言ったり短いと言ったりする。
人間以外、つまり妖怪や吸血鬼、妖精たちにとって一日を何万にも区切って、その一つに対してあれこれ言うというのは理解出来ないことなのだろう。滑稽にも見えるのかもしれない。自由に生きればいい一日をわざわざ切り分けて、様々な行為を割り振るなんてことは。
部屋に入り、ベッドに寝転ぶ妖精メイドに声をかける。

「起きなさい」

妖精はまぶたをピクリとさせただけで、起きる様子はなかった。咲夜が彼女の身体を何度も揺り動かし、諦めかけたところでようやく目を覚ました。

「うぅん……おはようございます……!? メイド長!?」

「私は少し体調が悪いわ。お嬢様の夕食を頼みたいのだけど」

「は、はい! わかりました!」

声に少し緊張が現れ、背すじも多少シャンとしたものの、まだ目は眠っているようだ。

「七時に……いや、今すぐ作って運んでくれるかしら。よろしく頼むわよ」

妖精の了承の声を聞き、部屋を後にする。初夏の陽光は少し強くなり、浮いた気分もおさまった。自室に戻り、部屋を見渡す。
簡易ベッド、換えのメイド服が数着入っただけのクローゼット、小さくて古い椅子にテーブル。そして、柱時計。威圧。
人間が自分自身を時計で縛る理由。それは楽だから、と咲夜は思う。
自分の行為を時間で割り振り、その通りに行動するのは楽だ。台本通りに動けば大抵成功するから。何をすればいいかがハッキリと分かっていれば先の見通しが効き、過ごしやすくなる。時間の概念は普遍であるから、他人と予定を合わせることだって出来る。
そうした予定を作り上げ、調和を保つために人間は時計に従うのだ。
では、調和を取るための人間がいない咲夜は、なぜ時計に従うのだろうか。
自分のことだというのに、そんな疑問が残った。


ノックの音。
どうやら眠ってしまったらしい。時計は午後十一時を指している。ずいぶんと長い時間眠ったため、疲れは取れていた。
はい、と返事をする。扉を開けて入ってきたのは、レミリアだった。

「どうしました? お嬢様」

「あなたが体調を崩したと聞いたから、様子を見に来たの。でも元気そうね」

「はい、おかげさまで」

身体を起こす。レミリアはベッドの隅に腰掛けていた。

「まあ、私が治したってわけじゃないけどね」

「お嬢様の元気な姿を見れば、私も元気になります」

「そうかしら」

「はい」

お世辞でもなんでもなく、本音だった。レミリアの笑顔は咲夜にとって元気の源。共に生きて来た主の感情は、自然と従者にも影響するものだ。
だから、あの表情が引っかかったのだ。聞くなら、今。

「あの、お嬢様」

「ねえ、咲夜」

二人の声が重なり合う。お互いに黙り、部屋に沈黙が訪れる。
お互いの視線は交錯することのない、ねじれの位置。レミリアの表情は伺えないが、最も話しやすい状態だ。咲夜は切り出した。

「明日は、何の日なのでしょう?」

見えずとも分かる。レミリアの顔が引き締まったのが。
そして、言った。

「……あなたは何の日だと思った?」

「神社の行事や、宴会の予定かと思いましたが、明日はないはずです」

クスッと小さな笑い声。

「そんなところだろうと思ったわ。あなたのことだから。予定は確かに、ない」

レミリアは壁のカレンダーを指した。いろいろ書き込まれたカレンダーだが、皐月の十五日、つまり明日の日付は空欄だ。

「あらゆる予定が書いてあるあなたのカレンダー。明日の欄に書き込みは当然ないでしょうね。私の言う"明日"はもうめくって切り取られてしまったから」

めくって切り取られた。それが表す意味。

「過去、だ……」

思わず呟いてしまう。今まで気付かなかったから。考えてもいなかった。

「そう、その通り。明日という日は」

とても、とても、大切な日。

「……あなたと私が、出会った日」

目の前の満月が歪む。
かけがえのない、咲夜とレミリアだけの、記念日。
それを、忘れてしまっていた。
なぜだろう。

「あなたの能力は、時の操作。時間を早めたり、遅くしたり、止めることだって出来る。メイドに相応しい素晴らしい能力ね。
でも、決して過去に影響を与えることは出来ない。時は前だけを向いて、一途に前進するから。過ぎてしまったことを変えることは不可能なのよ。あなたの苦しい過去は、消せなかった。
だからあなたは、過去を埋めることにした。未来によって。
消えない。ならば埋める。そんな簡単な行為を、無意識に行なっていたのよ。そうして未来を積み上げるうちに、出会った日の記憶も薄れてしまったのでしょうね」

咲夜自身が気付かなかったことを、レミリアが話す。少し、不思議だ。

「だからあなたが忘れてしまったということは、過去を埋めることが出来た証拠。私にとっても喜ばしいことだった。
でも、どこかさみしいような気がしたのも事実。ついそれが口に出てしまったのが、今日」

レミリアがさみしい思いをしていた。咲夜はそれに気付かなかった。従者だというのに。
それはたぶん、レミリアの前で能力を出来るだけ使わないようにするだけでいいのだと、あの雨の日の言葉を勘違いしていたから。

「『同じ時間を生きて』。お嬢様の言葉を私は誤解していました。能力の使用を慎めばいい、と。
しかしそれは違ったのですね。未来ばかり見つめる私への、メッセージだった」

「そう、人間は未来ばかり見る。予定に沿って生きたがる。私には理解出来ないこと。
まあ、どちらがいいとも言えないけどね。未来を見るか、過去を想うか。どちらが正しいかなんて誰も知らないし、そもそも存在しないかもしれないわ」

どちらを選ぶだろうか。
咲夜は自分に問う。

「私は部屋に戻るわね。そろそろ時間」

柱時計は零時五分前。

「お休み咲夜」

「お休みなさい、お嬢様」

レミリアが部屋を出て行く。ドアを閉める前、ふとこちらを見た。
咲夜が笑いかけると、頬を何かが伝った。

明日まで、あと三分。



咲夜は自室の壁に掛けたそれを手に取った。ずれることなく働き続け、彼女にとって絶対であった柱時計を。
カチ、カチ、カチ。
とぼけた音を立てて時を刻む時計を見ると、長針が短針に追いつくところだった。手元の懐中時計も同じ。

秒針がゆっくりと動く様子を見つめる。あと十秒。

柱時計と懐中時計の秒針は少しずれて進む。同じ時を、違う速さで刻んでゆく。あと五秒。

両者とも自分だけのペースを保ち続けた。どちらが正しいかなど、考えてもいないのだろう。三秒。

いや、そもそも。二秒。

どちらが正しいかなんて。一秒。

「存在しないのかもしれない、か」

ボーン、ボーン、と、とぼけた音が鳴り響く。


……はずだった。

しかし、

咲夜の足元で、彼女の絶対がバラバラに砕けていた。ずっと信じ続けてきた精密機械は想像以上に脆く、ガシャン、とこれもまたとぼけた音を立てて崩れてしまった。

満月の夜の時を刻んだのは、ルナ・ダイアルだけ。

気まぐれでマイペースな懐中時計は、何の感傷もなく平然と一ヶ月に一度の時間を刻み、秒針をゆっくりと進めている。
咲夜はふぅと息を吐いた。
正確な時間が分からなくなったことで、生活が変わるかもしれない。起床や食事の時間がどんどんずれていくかもしれない。妖精達のように。
それでも、いい。
どんなに生活が変わろうとも、絶対に変わらない、大切なものがあるなら。

一ヶ月に一度、正しく時を刻むルナ・ダイアル。

そして。
言うまでもなく、咲夜のそばに、一人。

……輝く紅い満月を背に、大きな翼を拡げて冥い空を浮かびながら手を振る、その一人。

ひらり、と手を振り返す。空に浮く彼女は、飛んで行った。


おもむろに咲夜はインク壺とペンを取り出す。充分にペン先をインクに浸し、カレンダーに印を付ける。そして、書いた。


"皐月の十五日、レミリア記念日"
プロフィール

疾風ロケット

Author:疾風ロケット
疾風ロケットです!
このブログでは、東方の二次小説を書いていきたいと思ってます。まったりと書いていくのでよろしくです。
今は東方永夜抄のスペルカード集めをやっています。(ラストワードムズい・・・)
こんなダラダラ学生のブログですが、ちょくちょく小説を読みにきていただけると嬉しいです。あ、読んだらコメントくださいね?

リンクフリーです。どんどんリンクしてください!

P.S.
好きな東方キャラは諏訪子と咲夜さんです。

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